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親や家庭環境、社会も本人の責任では選べないけど、そのあたりはどうなのだろうか?

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さっきコメントを頂いた内容に関して、ちょっと考えてみようかと思いました。先天性と本人の責任などに関して。

昨年末に今年の振り返りとして、いじめ問題や、脳に関して、エントリを書いていたら、また、同じようなやりとりになりそうな感じになって、その中で、頂いたコメントです。

脳の先天性に関して。

貰ったコメント。

ネット警察、 2013/01/02 19:54 先天的な素質、というのは、私は人の脳の分野別にちょっとした性能や回路や処理速度の違いが他の人との間に生まれた、というものだと考えています。
その違いの結果、人より優れていたり、残念ながら劣ってしまったとしても、その差は本人の責任によって生まれたことではないので、その差について言うのはよくないと思います。
滋賀県大津市のいじめ暴行自殺事件のことを書いてたらダイアリが炎上して日記を移転した2012年。 - 伝外超スデメキルヤ団劇

脳の先天性。

まーざっくりとした言い方をすれば、親と性格が似るとか、おこりんぼの親に、おこりんぼの子どもが生まれたり。なんとなく「一緒に生活していたら似てくる」という考え方が一般的な感じがします。子どもの中の脳は真っ白で、親の個性が書き写されていく…みたいな。

でも、私が思うには、親の脳と子どもの脳は構造的に似てきて、だから、活性化する部位があるのじゃないか?とか、そんな感じです。脳科学自体がボヤっとしているらしいから、こういう考え方は賛否両論あるみたいですけど。

先天的な差。

例えば、筋肉は、瞬発力、持久力と得意分野が違う筋肉繊維があるらしく、その割合は先天的なモノらしいです。筋肉に差があるには、脳にもあるのじゃないかな?と思います。

差について言うのは良くない?

中々、エントリの中で私の考えを全部伝えるのは難しいのですが、私は「脳の個人差がある」と考えた上でやりたいことは…。

  • 「お前は危険な脳を持っているから危険な存在だ!」

というようなラベリングをしたい訳じゃあなくて…。

  • いじめなど凶悪な犯罪が起きた時に、その原因を考察する時に、本人、家庭、学校、社会と考えていく中で、その中の一つの要素として『脳』を加えておきたい。

という考えです。多分、「脳は全員が平等に生まれて後天的な環境により違いが出る!」と絶対的に考えている社会よりも、「人の脳には個人差があるから…」というのを考慮に入れる社会の方が、柔軟に対応ができると思うのです。

では親とか環境はどうなのか?

先天的な『差』が本人の責任の及ぶところじゃあないと考えれば、ちょっとバカみたいな考えですが、親や家庭というのも生まれてくる本人には選べない部分です。

その場合は、親は親。家庭は家庭として切り離されて考えるのか?と思うと、よく分からなくなってきました。本人には選べなかった『差』に関して言う事は良くないようにも思えますし、そういうことを考えると、身体測定の中で、脳診断とか入ってくるかも知れない。

しかし、例えば再犯を繰り返してしまう性犯罪者の人のインタビューでは、「自分ではどうにもできない衝動をなんとかして欲しい」という感じのことも言っておられました。

終わります。

なんか、気持ちの中で、ドロっとしたモノが生まれたので書いてみましたが、よく分からんです。それは、私が『差』に関して傷付いたことがないから…ってこともないか。親とかに頭髪のことをDisられ続けて、落ち込み続けた時期もあったものなぁ。