ベランダに地獄植物園というのを作っていた。タバコの吸殻とか、草葉などが適当にあって、草が生えたり腐ったりしている感じで。
今日、ベランダを補修するとかで、予告なしにソレの撤退を命じられたのだが、腐っているから臭い。それは、そうなのだけど、「臭い臭い臭い。」、「タバコの臭いだけじゃなく、同じ匂いがしていた。」と「臭い」という事実を母親に連呼された。
深く傷付いた。気がついたら、タバコを吸っていた。
だが、タバコを吸ったのは、夢だった。結局、空きペットボトルとかで構成されていた地獄は、一つのプランターに再統合させた。確かに、腐敗臭がしている。私は、臭いに関して感度を下げているから、さして気にならないが。
多分、そういう訳の分からないモノを作っている方が、社会的に分が悪いのだろう。一応、タバコのフィルターが生分解されるか?という裏テーマがあるのだが、些細なことだ。でも、例えば、それが事実であっても、それだけを連呼するということは、人を傷つける可能性がある。もしも、「デブ」という事実だけを言いまくったら、確実に人を傷つけるだろう。さらに、それが臭いとなれば、「自臭症」という精神疾患に繋がる。
事実、私は腐った地獄植物園の傍でタバコを吸っていてから、腐敗臭がしているのか、はたまた、自分の体の内から臭いが染み出しているのか分からないし、タバコをやめて、嗅覚が戻っているせいか、常に、自分に腐敗臭が発せられている気がする。ヤバいな。
そもそも、当日にいきなり撤去じゃあなくて、何日に作業をするから…みたいなことを行ってもらえれば、対処出来たのだが…。結局のところ、自臭症だとか、人を傷つけるとか、そういう部分を話しても通じる気がしないし、そう思った時に、日記に書きたいな、と思ったのだが、結局、インターネットにしか救いがないし、それを、ブログに書いたところで、救いに繋がるか分からない。書かないで、気持ちが救われる方法もあると思うのだが。
だから、今日は、昼ご飯を食べた後、寝た。社会的には、間違った方法だけど、私の精神的には、正しかった。寝て、起きた、だけで、救われた。私は、言葉で相手を傷つけるということは、極力しないように気をつけている。それが意図的であれ、無自覚であれ、行動や、言葉で、人を傷つけるのは、凶暴な強さ、暴力であれ、人間は、根っこの部分で「人殺し」か「殺される側」かが、決まっている気がする。自分の家族のことで、こういうことを考えだしたのは、色々と、終っている気がした。
生きているのがツラい。自分が、臭く、そして禁煙をしていても、過去のタバコでなじられる。しんどい。
こまねち。