昨日、急に誰もが急に発狂して人に大迷惑をかける可能性があるのに、多くの人は、人に迷惑をかけないように生きている(http://d.hatena.ne.jp/yarukimedesu/20101216/1292517186)みたいな事を思ったので、記事にしたら、今日になっていたら、茨城県取手市で事件が起きていた。そう考えると、非常に問題のある記事タイトルだと思ったのだが、あえて、そのままの記事タイトルにしておく。
昨日考えていた大迷惑ってのは、今日起きた、人に負傷させる騒動も勿論、そうだが、何かに憤って発狂する、人に迷惑をかけるという可能性は、多くの人が持っているのじゃないかな、と。
勿論、刃物を持って街に出て、多くの人を襲撃するなんて多くの人は出来ないし、それが強い事なのか、弱い事なのかも良く分からない。ジョジョ的に言うと、弱さを暴力に転化したって感じだろうか。
話がそれたけど、例えば、携帯電話やインターネット。何かに憤った時に、知り合いの電話に嫌がらせメールをしたりとか、電話番号やメールアドレスをネットに晒してみたり、ブログやミクシィを炎上させたり、立て読みを駆使したり…そういう小さな発狂も、実は、日常的に起きているのじゃないかと。
勿論、ミクシィなんてモロに足跡が残るし、インターネットの書き込みも、事件性がでるほどの事をやってしまえば、絶対に追跡される事は、多くの人が知っていると思う。動画流出の事件とかあったしね。それでも、実世界で何かを起こすよりは、低リスクに思えるかも知れない。
「人間爆弾」という記事タイトルで思っていたのは、現実でも、ネットならなお「足跡」が残ってしまう中で、絶望や憤りなどを発散する事は出来ないだろうか。とか、多くの人間の無意識に訴えかけて、結果として、社会的大迷惑を起こす事は出来ないだろうか???みたいな屈折した事を考えていたのだが…実際に、実在の青少年が巻き込まれる事件が起きてしまった今、そんな屈折した事を考えていてはダメな気がした。
ご存知のように私は、現在、無職で、どちらかと言えば、彼の立場に近いかも知れない。だけど今、私が、そういう事件を起こさないのは、「親元で騙し騙し生きている」からだろう。って、この下り、あんまり意味ないな。
雇用が安定していれば、景気がよければ、みんなが幸せなら、今回のような事件は起きないのだろうか。思うに、全ての人がそうではない気がするけど、一人の精神よりも社会というものが屈強すぎるというのが一つあるかも知れない。上手く説明できないけど。