林原めぐみさんのブログがキツい。内容がどうとかよりも句読点などの文章ルールが無茶苦茶なのがキツい。句点のない文章は文字が突き刺さるマルナシハラを感じる。では、文章ルールがグダグダな文章は、訴えてる内容に足りる知識の研鑽はされているのか?スピ系の匂いがする。
2025/6/9に書く「林原めぐみさんのブログがキツい」のインターネット日記。芸能人や有名人が政治的発言をするかいなかの議論は、ずっとある。私の意見を述べるなら、私の都合によい意見は歓迎するが、ムカつくものはムカつく。そして、この文章の結論を最初に書いてしまうなら。
バカが書いた文章に、ピュアな内容を感じ取って、賛否両論している場合じゃねーぞ。
内容がどうとかよりも句読点などの文章ルールが無茶苦茶なのがキツい。
私のブログの文章だって、誤字脱字は沢山あるし、無茶苦茶なことを書いていると思うが、句読点や改行など、最低限のルールは守っているつもりだ。
そして、卒論、修論を書いたという実績はあるし、小説だって書いたことある。ブログもずっと書いている。ある程度、読みやすい文章を書いている意識はある。はてなスターだって、いっぱいつく。
林原めぐみさんのブログ記事は、ぶっちゃけて言うと、私が嫌いな最たる文章だ。LINEナイズされていると言うのだろうか?誰にも見せないメモなら、好きなように書いたら良いと思うけど、公開を前提とするブログであるなら、あまりに風が悪い。
もう、内容を論じる以前のレベル。卒論なら審査すらされない。指導していた大学院生は頭を抱える。
句点のない文章は文字が突き刺さるマルナシハラを感じる。
最近はマル(。)のある文章をマルハラなんて、完全に間違った価値観もあるが、私は、もう20年くらいマルを使わない文章に苦しんでいる。文章が句点で終わってないと、その文字がとびかかって来て、私に刺さる。「れ」とか「く」とか、鋭い部分が刺さる。
林原めぐみさんのブログ記事は、まさにマルナシハラの権化であり、私は読む以前の問題だった。内容を頭を入れるまでもなく「ヤバそう」という気持ちになる。
では、文章ルールがグダグダな文章は、訴えてる内容に足りる知識の研鑽はされているのか?
ずばりされてない。氏も、結構な年齢であるが、文章を仕事にされてないから、文章術がグダグダなのも仕方ないけど、しっかりした主張は、しっかりした文章で発せられるべきで、それがされてないってことは、知識の研鑽がされてないと思われても仕方ないのじゃないか?
あえて口汚く表現するなら、バカが自分で調べた事で、適当に書いた文章をピュアな意見としてありがたがってる場合じゃねーぞ、と。おそらく思想の左右とか関係なく「ちゃんとした文章」を書けって意見があるべきだと思うけど、そういう事を書いてる奴は、今のところ見てない。
書いた人が有名人ってのはあるけど、頭の中に入れたり、そこから思考を巡らせるに値しないと思う。
スピ系の匂いがする。
スピ系という言葉も最近聞いたし、私が把握しきってない概念かもしれないけど、ぐちゃぐちゃの文章、ポエムな内容を読んで「スピ系」だと思った。心に響かないポエム。
コロコロチキチキペッパーズのナダルの声で言いたい。
「声優は喋るだけの仕事なんやから!」
政治的な発信をするのは自由だと思うけど、マルナシハラのない、読みやすい文章であって欲しいと思うばかりなのです。