LINEグループ抜けた後もしんどすぎる。抜けるなら抜けるで挨拶すべきだったな。もう二度と会わないのだろうなと思う。しかし、グループの思い出も全部しんどかった。人と会わない方が良かったか。一番しんどい思い出は、しんどい時にしんどいことがぶつかってきた事だな。
11/25に書く「LINEグループ抜けた後もしんどすぎる」のSNS日記。しんどいグループを抜けたら、しんどさは消えるもんだと思ってたけど、そんなことはなかった。ただ、グループに残っても、年に何度かしんどさがやってくると考えれば、今、しんどいのを耐えれば、幸せはやってくるはず。
だけど、しんどい。そもそも、入るべきじゃなかった。
抜けるなら抜けるで挨拶すべきだったな。
「抜けます」と書いても、引き留められるのも、引き留められないのも嫌だから、グループ内のリアクションを待たないで、抜けた。
そう決めてたのだけど、そうしたら、挨拶ぐらいすべきだったかな?と思えた。
しかし、挨拶した時の脳内シミュレーションもしたのだけど、多分、こっちが期待するようなモノはなくて、既読スルーであったり「お疲れ様でした(絵文字)」とか、なんだったら、スタンプ一個ですまされないだろう。
もう二度と会わないのだろうなと思う。
ぶっちゃけ、そのグループは定期的に「会う」ために作られていたので、そこを抜けたら、会うこともないだろうな。
そもそも、意味が分からんが、「会う」という話題がでなくなっていた。夏頃に「じゃあ、秋か冬に」みたいな話題が出てたけど、もう年末も近づくし、むしろ、会わない事が増えていた。
私が会いたい訳でもなかったけど、じわじわと機能不全になっていた。各人が、そのグループに対する思いがなくなってきたのだろう。
そして、本当に連絡があるなら、グループじゃなくても、個別に連絡をすればいいわけだ。
で、会っていたことを思い出してみても。
しかし、グループの思い出も全部しんどかった。
私が引きこもり出し、話す内容も会わないし、火の鳥もジャンプ漫画も読んでないし、チェンソーマンも読んでないし、会って話もあわないし。
人と会わない方が良かったか。
一番キツかったのは、相手方の脳内に、私の情報が記憶されてないってことが多々あった。私は、他人の事を覚えていることが多いけど、今思い出すと、私の近況であるとか、そういうのを全然覚えてない事が多かった。
例えば、芝居の事とか、まるで相手の脳内に残ってない。他人の記憶がどうなっているか分からんけど、記憶に保持されてないってことは、その時に口を動かしているだけで、情報の交換がされてないってことなんだろう。
最近は、メンバー各人と会ってなかったけど、会ってた時もしんどい。小奇麗なランチ、非アルコールの会合。それぞれの、それぞれの人生のつらさ。
そういうのに深く立ち入らず、その時に口を動かしても、相手の情報を保持せず、グループでは既読スルーが常態化する。
想いもないのに、SNSでだけ繋がっていて、書いた内容も既読スルーして、ただ、演劇の情報とかを流して、近況などもスルーして、そんなところに、所属してて、何か意味ある?と思って抜けた。
そういうことを、本人らに話さないで、「切る」方を選ぶのが、私のダメな部分だと思う。あるいは、最初にLINEに入った時に、こうなることを予期できなかった部分であろうか。
一番しんどい思い出は、しんどい時にしんどいことがぶつかってきた事だな。
色々と思い出すと、一番しんどい時があった。箇条書きすると。
- ある案件を断りたいから、先回りで予定をいれておきたい。
- スケジュール的に重なる時期の演劇観劇を誘われる。
- そのビラ画像には、昔色々とあって、名前も見たくない奴の写真が載っていた。
しんどくてグループに泣きついたけど、倍しんどくなった。悪気はないのだろうけど、その時にグループを抜けるべきだった。それが、2024年の話だから、一年は惰性で所属していたと言える。
なぜ、こんなことをブログに書いているか?と言えば、頭の中をぐるぐる、もやもやしていることを、外に出さないと頭がスッキリしないし、このような内容が、いずれ「令和の人間失格」になるのじゃないか?と思える。
とにかくしんどい。LINEグループを抜けたのにしんどい。このしんどさがなくなったら、きっと、LINEグループから抜けなかった時よりは、しんどくなくなっているはず。